徒然の書

思い付くままを徒然に

古事記物語


 
我が国の人々の間で、広く親しまれてきた伝説や昔物語は古事記に端を発するものが多い。
因幡の白ウサギ、八岐大蛇や海幸彦山幸彦の物語やヤマトタケルなどは古事記で語られている神話や伝説である。
子供の頃に、語ってもらった多くの昔話の中でも特に印象の深いものである。
一度は、古事記を読んでおくのも悪くはないのだが、真剣に読んでいくと段々とアホ臭さの方が先に立ってくるのは、この神話の世界を現実のものとごっちゃにして神話の出来事を現実に現れた出来事として物語られているからであろう。
神話、伝承を基にした神代の物語は文学的にも一級品でしょう。
だだ、神武天皇以降の創作は検証する史料がないだけに、語り草はばかばかしく感じてしまう。
これはわが国の国史だと言い張る日本書紀と同じパターンで展開されているからであろう。
史書即ち正史と言われるものは、その編纂当時権力を握っていたものが、己の都合の良いように編纂した書で、これが我が国の歴史、正史だよと民に押し付けた書である。
それが先数百年もたった今日の権力者がこれが正史だよと言っても、それを証する原資料を破棄してしまった以上、真実が書かれたと証するものが無い。
その意味で物語的な古事記に比べ、日本書紀などと言う類のものは古事記などと比べても、何とも胡散臭い感じがする。
書紀を正史だよと言われても編纂した不比等の匂いが染みついた書紀などはとても正史とは考えられない。
後にも書くが、書紀に書かれたものは当時の史料に依っているのだろうが、その資料となった文献や口述された伝承としての文献が何も残っていないという不思議・・・・・
これは、編纂を命じた大海人即ち天武と言う男が己を神の子孫としての正当な権利者であることを作り上げるために、それまで各家に存在した帝記や本辞あるいはあらゆる文献を破棄させたためであろう。
我が国の古代からの歴史が不明確で史料が見当たらないのは、この男の歪な性格によるものであろう。
正史とは言っても、殆ど真実が書かれているとは限らない。
それが証拠に、編纂の下になったと思われる史料は破棄され真偽を確かめる術を奪われてしまったためと言っていい。
書紀に書かれている、ある書、一書などとあるのは様々な文献があった証拠で、その原書が見当たらないというのは編纂後に破棄されたという重要な証拠であろう。
同じ時期の同じ様な事を書いた書でも文学的な要素の垣間見える古事記の方が日本書紀よりもはるかに面白い。
神話の世界の中でも随分とエロい語りが堂々と語られているのを読んでいくと、一瞬エロ本を読んでいるような錯覚にさえなるど人間の感覚って面白い。
 
ところでこの古事記が書かれる発端になったのは、先にも書いたが、大海人が天智の息子から王位を簒奪した時、それを言い繕うためもあって、各地の豪族に伝わる帝記や本辞を書き直し、己に不都合な記述は破棄することが必要であった。
この壬申の乱の前後はとても複雑で、大海人が強引に倭の国王になってしまった。
大海人が天武として国王の地位が定着するに従い、専制絶対王政に移行させるために、己は天孫の末裔であると宣したのであろう。
その為にも豪族各家に存する帝紀や本辞がそのままの形で存しては不都合極まりなかったのである。
 
太安万侶元明古事記を献上するときに書いた序に古事記撰録の経緯が書かれている。
抜粋してみよう・・・・
天武の申した言葉として書かれている。
私の聞くところによると、諸家に伝わる帝紀及び本辞には真実と違い、あるいは虚偽を加えたものがはなはだ多いとのことである。そうだとするとただいまこの時に、その誤りを改めておかないと、今後幾年もたたないうちにその正しい趣旨は失われてしまうに違いない。
そもそも帝紀と本時は国家の組織の原理を示すものであり政治の基本となるものであるそれ故正しい帝紀を撰んで記し旧辞をよく検討して、偽りを削除し正しいものを定めて、後世に伝えようと思う。・・・・だと。
何ともこの男、能書きだけは一人前に述べる様である。
己が大友から簒奪した王位は当然諸家の記録に残るはずだが、はなはだ都合が悪かろう。
従って諸家から集めた帝紀や本辞など旧辞は百をはるかに超えた様で、それをことごとく破棄してしまった。
これが三世紀~五世紀にわたって、我が国にその詳細が残されておらず、外国のわずかな文献に頼らざるを得ない不都合を齎す元凶となったと言ってよかろう。
 
天武が神聖で絶対的な権力を有するための、モノが欲しかったのであろう。
天孫の末裔である必要があるとすれば、神代の時代から書き興す必要があった。
とは言っても、安万呂にそれだけのオリジナルなものを作りだす力量があったとも思えない。
美味い話は草々都合よく行くものではない様で、己は天孫の末裔で貴いんだといったところで、命じた本人は完成を見る事もなく己の古巣と言う処、天へ上って行ってしまった。
八世紀ともなると、様々な文献が入ってくる可能性があったのだろう。
古事記の書き出しなどは、旧約聖書ギリシャ神話と全く同じと言っていいくらい酷似している。
これらの神話はシュメール神話の影響を受けているのかも知れない。
シュメールの神話によると古い時代に天と地がつられ、シュメールの神が生まれた。
その神が女神を娶り次々に子が生まれ、神々が増えたので、食物を得るために働かなければならなかった。
地位の低い神々がつらい農作業をしなければならなくなり、その身代りに人間を作り出したのだと語られている。
何れの神話の世界でも、人間創造は語られているのだが、古事記日本書紀にはその人間創造は語られていない。
 
記紀が書かれた理由は天武が目論んだように大王が日本を支配する正当性を知らしめるためでありその理由は大王は神々の子孫であるからというのである。
神代の時代、神があらわれては消えていくが、伊弉諾伊弉冉が現れるに至って漸く国づくりが始まる。
だが安万呂の抜けている処は、八百万の神々は作り出したものの、支配すべき人間共を作り出さなかった。
旧約に至っては七日目にして人間を作り出しているし、ギリシャ神話にしても人間を作り出す物語はとても面白い。
シュメールの神々は神の数が増えすぎて、食物を得るために働くのがとても過酷であると言って、それを肩代わりする人間を作り出した。
旧約聖書にしてもヤハウエーは七日目にして人間を作り出した。
その作りだしたアダムをエデンの園に置いた。
アダム一人では様にならなと考えたか、人が一人でいるのは良くないと言って、眠りに落ちたアダムのあばら骨を取って一人の女を作り上げた。
 
何処の神も額に汗して働くことが嫌な様で、女とまぐわう事ばかりを考えている様である。
安万呂などと言う男どれ程の器量のものかは計りかねるが、肝心なものを忘れていては、天武が神聖で絶対権を持つものとしても、支配するべき人間がいなければ様にならないだろう。
安万呂と言う男、何とも間抜けな輩ではあった様だ。
 
それはさておき、古事記で最初に語られるのは、大地が次第に整って伊弉諾伊弉冉尊が現れるまでを語っている。
古事記に描かれるエロ本たる所以や語り継がれた昔話は後々に・・・・
 
 
 
 
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