徒然の書

思い付くままを徒然に

はじまりのはじまり


何事にも始まりはある。
宇宙の始まり。
地球の始まり。
地球に現れた様々な生き物の始まり。
その中の我らに一番身近な人間の始まり。
これらの始まりについて、どれもこれも当たり前の様に結論づけられて、疑いの余地がないように書かれたり言われたりしている。
例えば宇宙はビッグバンに依って生成されたと当たり前の様に言われているが、そのビッグバンと言うものが何なのか、如何して起こったのか、正確な事は何も分かってはいない。
大爆発が起こったと言われているが何が、どの様な、大爆破発を起こしたのか、如何して爆発したのか、その宇宙が出来る前はそこに何があったのか、どの様な空間だったのか、何もわかっちゃいない・・・・・・
ビッグバンで宇宙が生成されたというのも、一科学者の主張に過ぎない。
科学なんてものは常に仮説で成り立っており実証されない限り、真実とは言えないものであろう。
一般的に現代の常識では、爆発は四方八方、いわゆる球形に影響を及ぼす。
ところが爆発でできた宇宙空間は球形に非ず、ディスク状であると言われている。
何故そんな爆発になったのか。
科学的に、説明されてはいても、それはすべて推測に過ぎない。
現在も宇宙は膨張を続けている、などとまことしやかに言われているが、宇宙と言われるものの外縁に接しているのは何なのか・・・・・
地球に話をもどそう。
地球上に生き物が現れたのは・・・・・
最初に現れたのは単細胞の生き物があらわれたが、陸上では生きられないので海中に生息できる生き物であったという。
やがて、陸上で生きられるようになると、生き物は陸上をめざし、陸上は光合成に必要な光があることから植物は進化し,繁栄を始めた.陸性植物は約5億年前に出現し、~~~やがて2億数千万年前に恐竜が登場する。
などとさも当然のごとくに説明しているが、その恐竜がどの様にして地球上に現れたのか、様々な生き物特に哺乳類があらわれました、などと安直に書いたりしているが現れるということは、何にもないところに忽然と出現することを言うのであって、安直に現れたなどと言う言葉を使って哺乳類の出現を表わそうとするから事はややこしくなる。
然も、生殖作用によって種が増殖する生き物が一個体として現れてもそれが増殖することは不可能。
対で現れたとしても、それが繁栄するには何世代も何世代も、気の遠くなるような年月が必要になる。
何も恐竜に限ったことではなく、地球上に現れた生き物すべてに当てはまることであって、アフリカ大陸に猿人が現れましたなどと書かれても、その書いた御仁自体、どの様な過程をとって現れ、どの様に増殖していったのか判っているのかね、って思いたくなる。
それを記した書物はあるいは論文は見たことがない。
原人、旧人、新人と移り変わっていく過程においてもそれぞれが進化したのではなく、新人は旧人とは別個に現れたという説が有力だとされている様であるが、では新人がどの様に地球上に現れたのかの説明は全く書かれていない。
どれほどの新人が、どの様に現れたのか、どれ程の種が現れたのか。
単に現れました、で済まされる問題ではない。
ホモサピエンスと言われる現代の人間に類するものと、それまでの原人などと言われる者との違いはどこにあるのか。
それは偏に成長の過程にあると言っていいだろう。
人間ほど生まれて、独り立ちするまでに手間のかかる生き物はいなかろう。
人間と言う生き物、親の保護がなければ一日とて生きることは出来ず、様々な事を学びながら成長していく。
その生きていく方法を学んで初めて生命を維持する事の出来る。
新人にはそれを学ぶだけの頭脳が必要になってくる。
それが旧人や原人との決定的な相違点と言云っていい。
新人とそれ以前の人類との相違は幼児期及びそれに続く少年期の長さにあると言っていい。
すなわち人間の形成に時間がかかるということは、それだけ学ぶことが多いという事であり、それだけ様々な事を学ぶ能力を秘めている必要がある。
 
現生人類である新人、ホモ=サピエンスの起源については、旧人から連続して進化したと見る見方と、旧人とは別に出現したとする見方とが対立していたが現在は後者が有力であるなどと書くだけで、旧人でも新人でもいい、どの様にこの地球上に出現したのか、人間に限らず、あの巨大な恐竜が地球上に現れましたと書くだけで事が済むならば、学者などと言う商売、何とも気楽な商売だと言われても仕方がなかろう。
二足歩行する原人が進化して、旧人、新人へと進化して行ったのなら、原人がどの様にして現れたか解明すれば済むが、新人たるホモサピエンスが、別個に現れたと言うならば、それぞれがどの様な現れ方、どの様にして発生したのかを説明できなければ、ダーウィンの進化論は誤っているなどと言う資格などない。
よくダーウィンの進化論は誤っているなどと簡単に書いているものを見かけるが、どれ程ダーウィンを研究したのだろうか。
どれほど進化論を研究したのだろうか。
種の起原などは何回読んでも、ダーウィンは何が言いたいのかが言いたいのかさっぱりわからない。
旧人と新人が同時に存在し、交雑した事実もあったろう。
新人があらわれて旧人は消滅したと当然のごとく消滅したように書いているのが大半であるが、消滅するにはそれだけの理由があったはずである。
新人があらわれて、何故旧人が消滅した。
始めの始まりも解らない輩が、簡単に他人の研究を間違いですなどと言うのはおこがましい。
恐竜にしても、人間にしても、この地球上に現れたその現れ方を問題にしたものはいないのだろうか。
ピノサウルス、ティラノサウルスが突然現れて地球上を走り回ったり、スピノサウルスが空を飛びまわったわけではあるまい。
彼らがこの地球上に現れるには現れるだけの条件があり、それが満たされて初めて姿を現すことが出来る。
ビッグバンにしても、どの様な空間で、どの様にして、何が大爆発を惹起し、、その爆発のきっかけは何であったのか、初めの初めを解き明かしたものはまるで見当たらない。
それらを実しやかに説慶しているとしても、それは推測の上に推測を重ねたもので、証明のしようもない単なる個人の見解でしかないが不完全ながら見解を示しているだけ善しとすべきであろう。
今宇宙と呼ばれているものはいまだに膨張しているという。
宇宙の外は論理的に考えれば、ビッグバンで宇宙が生成される以前状態のものが広がっていなければならない。
ではその宇宙の外のビッグバンを起こしたと同じ状態のものは、再びビッグバンと同じものを起こさないとは限らない。
その時、現宇宙と呼ばれているものはどの様な変化を見せるのだろう。
それを考えていないとすれば、それが宇宙を研究している学者の頭の限界だろう。
一番肝心なことがわからないでは以後の事を如何に尤もらしく言い繕っても信じることは出来なかろう。
何もビッグバンを論じるために書き始めたのではない。
物質だとか、反物質だ、質量だなどと言われても素人には全く分からないから、煙にまかれるのと同じ。
ガリレオが地球が動いているといった時に、ヴァチカンが仰天したのと同じことが、現代でも起こりうるということである。
扨日本の歴史の始まりは何処から解き明かすのが正しい始まりなのだろうか。
日本列島はユーラシア大陸の辺々が分離して出来上がったと言われてるが、最初から現在のような姿で分離した訳ではなかろう。
その分離の始まりは如何であったか・・・・
これとて正確な事は判らない。
ユーラシア大陸から分離したと言われるこの日本列島に人間が存在するようになったのは、その分離する以前から存在したのかあるいは列島としてできあがったとき以後なのか、いずれかの段階で人間が存在したのか。
大陸からの分離の仕方、或は列島として形作られていく過程に依って考え方は随分と違ってくるだろう
日本列島に人間が生活を始めたのは何時か、どの様なルートをたどって列島内に入り込んだか、その始まりは。
ただ、最近面白い説に出合った。
中国大陸や朝鮮半島に存在した人間にはATLウィルスが全く存在しないが、列島に居た人間にはそれが存在したと言うものである。
どの様にして、ATLウィルスの存在を確かめたかわ知らないが、果たして可能かどうか。
アフリカ大陸を出た人間共は種の集団ごとに移動を始めたのであろう。
今のベーリング海が氷河で陸続きであった頃、それを通ってアメリカ大陸へ渡って言った種もあり、それらが南下して、南アメリカの南端に達したなどと書かれたものもある。
それらの種の人間にはATLウィルスが存在したと言われているが、それらの一部が北方から列島へと入り込んだ可能性があると考える事も出来る。
アフリカに何種ものホモサピエンスが現れ、ユーラシア大陸を徘徊していたことは間違いなかろうが、それほど多くの種の人間がどの様にして地球上に現れたのか、その現れ方が知りたい。
アフリカに出現した新人、ホモサピエンスがどの様な仕方で出現したのか、どれ程の種が現れたのか、ただホモサピエンスが出現、現れましたではわからない。
ただ学者と言われる連中が推測に推測を重ねた結果、己では判った様な気になって自説を述べるのだろうが、恐竜にしろ人間にしろ地球上に現れる過程が全く無視されている事、いや解らないという事だけは確かな様である。
そして人に教えたり説明するときは、現れましたなどと言う安直な言葉を使って誤魔化そうとする、狡っからい生き物であるらしい。
 


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