徒然の書

思い付くままを徒然に

梅雨ならぬ秋の長雨の晴れ間


 
梅雨の晴れ間ならぬ秋の長雨のたった一日だけの晴れ間に出かけた公園の誰も居ない真新しい橋は如何にももの寂しい。
草臥れてしまった秋桜の畑に人は群がっていたが、それもほんの僅か。
撮るものも無く、たったカメラ一台と一本の交換レンズを入れたバッグやけに重たい。
秋の長雨はまだまだ続きそう。
南の海では台風が蠢いている。
地球と言う惑星も、たった46億年ぐらいで狂いだしたか。
それとも思い上がった人間と言う生き物が地球に対して悪さをし過ぎたのか。
 
地球とて、老齢で使い物にならないなら、姥捨て山へ捨てなくちゃならないなどと言い出しかねないのが、日本という国の阿呆な政治屋共。
面倒みてやるから介護保険料を払え、などと言い出しかねない。
宇宙から地球を間引くなどと言い出しかねないのも日本の政治屋
外に向かっては何にも云えない内弁慶の日本の政治屋
地球の上では銭儲けに狂った輩が人ゲノムを解明したなどと言って、
遺伝子操作で病を治すなどと言いながら、目の色を変えて特許を取るのに右往左往。
その実、地球から間引かれるのは己ら人間どもである事も知らずに、
ゼニ儲けに奔走する企業の浅ましさを見せられると、人間と言う生き物に悍ましささえ感じる。
人間と言う生き物が地球の資源を食い尽くし、環境破壊の張本人。
ヒトゲノムを解明し尽くしたなら、人間と言う生き物をすべて、謙虚な生き物に代える方法を考えるがいい。
過去に生き物の大量絶滅が六回あった。
恐竜は二億年も生き延びたというのに、人間と言う生き物は精々二万年。
現在、人間と言う生き物が原因で七回目の大量絶滅期にあるという者もいる。
人間と言う生き物が、地球の生態環境を破壊しながら、地球を汚染し、資源を食い尽くし、銭儲けに狂っている張本人であることに気が付かない。
人間に代わり次に地球上に現れるのはどんな生き物だろうか。
地球上の生き物など、直径たった10キロの隕石が落ちて来ただけで、絶滅してしまう弱い生き物。
次に現れるとは言っても一千万年も後の事だろう、いやもっと後かもしれない。
この地球には生き物と言う生き物は住み着けない死の星になってしまうかもしれない。
人間と言う生き物、余りにも驕り過ぎた。





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