徒然の書

思い付くままを徒然に

古典の研究から学び取れるもの


温故知新という言葉がある。
これはとても大切なことであるが、我が国の現状を見ると、悪い面ばかりを尋ね歩きそれを真似ているような気がしてならない。
しかし一方では、心ある人は過去の優れた人物に範を採ろうとしている事もまた事実であろう。
現代は中国の古典に学ぶことが随分とはやっているらしい。
老子孫子孔子孟子荘子いずれも優れた中国の古代の思想家たちである。その中で我が国の米沢藩を立て直した上杉鷹山、この人の経営学も人気を博していると聞いたことがある。
この上杉鷹山経営学と言うより、米沢藩という、現代で言えば地方自治体の政治家元首であり、その政治手腕の方が遙かに現代では大切である。
当時の米沢藩の政治を行っていた家老や取巻きを見ると、政治なと行う人物とはほど遠い無能な連中の集団であった。
借金まみれで、どこからも金の借りる目当てのない現状にも拘わらず、なんの理由もなく鷹山の改革に反対し横やりを入れる無能集団であった。
その鷹山が見事に米沢藩を立て直した、その経営手腕にあずかろうと、する現代の多くの経営者や企業幹部がいるようだが、それは無理というもの。
鷹山の経営手腕は、鷹山の全人格とその頭脳の現れであって、彼のような人格や頭脳の持ち主でないものがまねたとて効果を期待できるものではない。
孫子の兵法が、我が国で研究され、本場中国より遙かに研究がすすんでいるとは言っても、それを百パーセント活用できるかといえば、ノーである。
たとえ記憶力のいい人間が、その全文を記憶したとしても、孫子の兵法を戦争に、企業戦略に活用することはほとんど不可能であると言っていい。
孫子の人格およびその明晰な頭脳があって初めて、孫子が言うように書かれたことが意味を持つのである。
我が国に、いや世界に孫武本人に勝る、人格と頭脳見識を持つものは果たしてどれほど居るだろうか。
古代中国の政治の要諦は表面上は孔子であり、その政治の底流には韓非の思想が流れているとは言われているが、それほど優れた政治が行われていた時代はほんのわずかであろう。
昭和天皇は敗戦の一つの理由に孫子の兵法の研究不足を挙げていると聞いたことがある。
それほどの見識があるとも思えなかったが、将にその通りであり、孫子を本当に理解する人間が権力者の中に存在したら、アメリカから戦争を仕掛けられ無い限り、太平洋戦争は起こらなかった、このことは孫子の兵法をわずかでも知るものならうなずけよう。
それほど日本人という生き物は明治以来思い上がっていた。
それは明治の権力を握った連中が、足軽や中間あるいは遊び呆けるしか能の無い公家、不平不満の塊の下級武士であったことが我が国を駄目にし、昭和にまで尾を引いていた。
世によく言われるように、だんだん良く鳴る法華の太鼓であるが、我が国の場合はだんだん悪くなる国のありよう、である。
災害には国は金を出さないなどという馬鹿もいるのだから、もう救いようがない。
中国の古典や鷹山のような人々の書かれたものを取り入れて己を研鑽することは必要ではあるが、それを参考に真似るにはその人物の人格をも取り入れる必要がある。
今現代、鷹山の経営を参考にしようとするなら、少なくとも鷹山の人格をも取り入れる必要がある。孫子にしてもしかり老子にしてもしかり、その文字面追って居っているだけでは意味をなさない。それぞれの人格をも含めて参考にしなければ成功はおぼつかない。鷹山の伝国の辞は鷹山の政の究極なのであると悟る必要がある。
明治の世に消え失せてしまった、儒教の教えを今一度考えてみる必要があるのかも知れない。
せめて国を指導しようかという、輩は四書五経とまでは行かなくても、せめて四書の頭、大学や中庸なりを、熟読吟味してみる必要があろう。
 
苟に日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり。
少なくとも人を指導しようかというものは、この言葉をかみしめる必要がある。
権力を握って傲り高ぶるだけが能ではあるまい、明治以後の日本人の世界に冠たる悪い癖である。
 
 
 
 
 
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