徒然の書

思い付くままを徒然に

遠野における民話や民間伝承の物語

 
民話や民間伝承の形で残った物語もある。
柳田國男が遠野の話を聞いたのは明治の末の頃。
この遠野の民間伝承が何時の頃からの話なのかは記されていない。
この話の当時もこのような事が、依然として続いていたのかどうかも分からない。
当時はまだ遠野は隔絶された小さな郷であったのだろうが、同じような話は国内至る所で同じように伝承されていたかもしれない。
文字によって記録されない伝承は失われていく運命にあり、そこに伝えられる習俗や伝説あるいは怪異譚は貴重な民俗の記録ではある。
炉端でこれららの話を語り継いできた、農村の語り部たちはその話の意味を、もはや理解していなかったとすれば、今日まで伝えられてきたこうした物語はひどく変形してしまってはいないだろうか。
聞き手を喜ばせるために、語り部たちは新しい滑稽なディテールを思いついたり、登場人物の性格を違ったものにして見たり、現実の生活から拾い上げた色々な要素を付け加えたりした可能性はなかったろうか。
 
わたしが遠野と言う郷の事を知ったのは何時の事だったろうか。
恐らく柳田の遠野物語からであろうがその時は未だ遠野物語を読んではいなかった。
だが、遠野の怪異譚の一つ、河童の話はよく聞たことがあった。
 
では、遠野物語から河童についての伝承を一つ、二つ拾い出してみよう。
沢桧川の川下に五郎兵衛淵と言う深い淵があった。
昔、この淵の近くに住む人が馬を冷やしにそこへ行くことがあったが、馬だけをそこへ置いて、家へ帰っていた。
その淵に棲む河童が馬を引き込もうとして、自分の腰に手綱を結んで引っ張った。
馬はびっくりしてその河童を引きずったまま、厩に入った。河童は仕方なく馬槽の下に隠れていた。
家のものが飼い葉をやろうとして馬槽をひっくり返すと中に河童がいて、大いに謝ったという。
これからはもう決してこんな悪戯はしないから許してくれと言って侘び証文を入れて、淵へ帰っていったそうだ。
その証文は今でもその家にあるという。
これなどは河童の話としても可愛い、愛嬌のある部類に入るのだが、河童の話には笑えない話もある。
 
遠野には河童の怪異譚は数多い。
昔から遠野では、川には河童が多く住んでいると言われていた。
猿が石川が特に多いという。
松崎村の川端の家で二代続けて河童の子を孕んだものがあると・・・・
生まれた子は切り刻んで一升樽に入れて、地中に埋めたという。
その姿は極めて怪奇な姿をしていた。
女の婿の里は新張村の何某と言うがこの家も川端にあった。
そこの家の主人が人に語ったところによると、家のものが全部畑に行って、夕方に帰ろうとすると女が川の水際にうずくまって、にこにこと笑っていた。
次の日は昼休みに同じ様な事があった。
同じ様な事が何日も続いた後、次第にその女の処へ村の何某と言うものが通うという噂がたった。
始めの頃は、婿が浜の方へ仕事で出かけた留守を狙って通っていたが、後には女が婿と一緒に寝ている夜さえ来るようになった。
これは河童に違いないとの評判になり、一同のもの集まって守るが効果はなかった。
婿の母も行って、女の側に寝ていたが、深夜にその女の笑う声を聴いて、さては来たなと思えども体が動かなかったという。
人々は如何することもできなかった。
そのうち女は孕んで、産む段になったが、極めて難産であった。
ある者が言うには、馬槽に水を張ってその中で産めば安産できると・・・・・
その通りにしてみると、簡単に生まれた。
その子の手には水掻きがあった。
この娘の母親も河童の子を産んだことがあるという。
二代や三代の因縁ではなかろうと、無責任な事を言うものもある。
この家も如法の豪家で何某と言う士族であり、村会議員もしたことがあるという家柄であった。
こんな民話は笑えない。
同じ民話伝承の怪異譚であっても、この様な話は悲惨である。
遠野のような小さな村の中で、そのような噂の立った家のものは恐らく住んではいられなかろう。
日本に限らず世界のどこの小さな町や村でも、悪意に満ちた噂話が広がって、後々まで伝えられることがある。
その様な噂話が悪意に満ちたものほど、内容が変容して禍々しい話として伝承されることは多い。
 
河童にまつわる話は多いが、上郷村の何某と言う家にも河童らしきものの子を産んだものがいるという。
確かな証はないけれど身内真っ赤にして、口大きく、真に厭な子であった。
忌まわしければ捨てようとして連れ歩いて、そこへ置き去りにしようとして、一間ばかり離れてからふと思い直して、この子を売って見世物にしようと、戻ろうとしたところ既に姿は見えなかった。
この様な民話の中にも、人間の浅ましい心の動きが様々な姿となって表れているのは何とも哀れな感じがする。
遠野に限らず、民話伝承には怪異譚は多い。
人間と言う生き物自体が怪異譚の主役なのであろう。
 
参考
遠野物語 拾遺              柳田國男        角川ソフィア文庫
 
 
 
 
 
 
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